送別の辞

資格を取って就職する人たちを前に、何かコメントをと頼まれて、何を話そうかと少し考えた。
年度末ではないが、資格取得系の学校は、常に開講と修了とを繰り返している。6か月のコースもあれば、3日で終わるところもある。
だから、年中、入学式や卒業式の気分を味わうことになり、また、その都度、何か贈るべき言葉を考える。
定型文は好きではない。ある程度、何か引用があったとしても、誰かの言葉をそのまま伝えるのは、講師という職業柄、したくない。
論文の執筆についても、常に引用・参照するが(そしてそれが当たり前だが)、それだけでは単なる「まとめのレポート」に過ぎない。
おそらく、そういう習慣が頭と身体に染みついているのだろう。

松山千春「大空と大地の中で」

それなりのコメントをと考えてみたものの、思いつかず、そして、その時に頭をよぎったのが、松山千春の「大空と大地の中で」だった。
それで、突然、アカペラで歌うことにした。ちょうど外は寒かった。

凍えた両手に 息を吹きかけて
しばれた体を 温めて
生きることがつらいとか 苦しいだとかいう前に
野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ

花咲く時

花の生命

花は植物であり、生き物であり、生命を持つ存在としては、人間と一緒だ。
花に心があるのかどうか分からないが、つらいとか、苦しいとか、逆に、嬉しいとか、楽しいとか、そういう感情を持っているかも知れない。
おそらく、持っているのだろう。
持っているからこそ、私たちは花を愛でることができ、時として幸せを感じ、また時として嬉しい気持ちを抱き、そして、寂しさをも感じる。
野に育つ花もあれば、植木鉢に咲く花もある。

花を育むもの

人に踏まれて折れる花もあれば、しぶとく強く生きる花もある。
人に大切に育てられ、輝き羽ばたく花もあるだろう。
花を育むのは、土であり、太陽であり、雨であり、そして人間でもある。
どんなに綺麗な花であっても、人間の育て方が悪ければ、綺麗な花を咲かせることはないだろう。
美しい花を咲かせるのも、枯れさせてしまうのも、自然環境と人間の育て方による。

何を感じ、何を学ぶか?

さて、教育や研修に携わる者として、私たちは、ここから何を感じ取るべきだろうか?
少なからぬ惜別の情と、巣立ちゆく人たちの未来を思い、花屋の前を通りながら、ふと考えたので、書き留めておくことにした。