被選挙権

このところ、【シリーズ:選挙の年】と銘打って、投票することの意味投票する人の選び方について書いてきた。
投票する人の選び方では、当選して欲しい候補者に投票するだけでなく、当選して欲しくない候補者の対抗馬(=ライバル)に投票するという戦略、そして怪しげ?な候補者たちについて書いてきた。

投票したい人がいない場合

ところで、投票したい候補者が誰もいない場合はどうするか?については、まだ書いていなかったので、今回はそのあたりから書いていくことにする。
今回も話を分かりやすくするために、前回に引き続き、黒山、白川、赤松(いずれも仮名、以下同じ)の3名に登場していただくことにする。
ある政策課題に対して、微妙なニュアンスの違いはあっても、結論にたいした違いが無い場合、例えば、自分はある施設の建設それ自体に反対しているのに、その施設の設置場所や建設にかかる予算について争点になっている場合を考えてみよう。
その施設(とりあえず、どんな施設をイメージしてもよい)について、黒山候補は山間部に建設すべきだと主張し、白川候補は川の近くに建設すべきだと主張しているとする。建設すべき場所が違うだけで、施設建設それ自体については両候補とも賛成していることになる。
赤松候補は、その施設建設費を抑えるべきだと主張しているとしよう。これまた、費用を抑えろと言っているだけで、施設建設それ自体には反対していない。
これに対して、有権者である自分は、そんな施設はそもそも要らないと考えているとしよう。そんな施設を作るお金があるならば、劣化している道路を舗装し直して欲しいとか、防犯対策のための街灯の設置、津波に備えた堤防の設置などを優先的にして欲しいと考えていて、3候補はいずれもこれらを述べていないとしよう。
さて、このとき、どういう対応を取ることができるだろうか?
ひとつは、この問題に対して、各候補者の見解を問うことだ。質問をすることだ。答えてくれるかどうかは分からないが、有権者からの政策に関する質問である以上、答えてくれる可能性は十分にある。(特に首長選挙の場合、防災関係は、どの候補者も無視できない)
それで、一番納得のゆく回答をしてくれた候補者に投票するというのも、ひとつの方法である。
もうひとつの方法は、自らが立候補するということだ(同じ考えを持つ人に立候補してもらうのもあり)。立候補する権利のことを被選挙権という。被選挙権は参政権(=政治に参加する権利)のひとつで、選挙権と似ているが、異なる点もある。そこで、被選挙権について説明することにする。

被選挙権・総説

国会議員の場合、衆議院の被選挙権は満25歳以上、参議院の被選挙権は満30歳以上となっている。満18歳で選挙権を得られても、すぐに立候補できるわけではない。
都道府県知事は満30歳以上(参議院と同じ)、市町村長は満25歳以上(衆議院と同じ)という年齢制限が設けられている。
日本国民であること、選挙権を失っていないことは、いずれも共通である。(選挙権は、刑に処せられたり、選挙違反をしたりした場合に、一定期間失うことになる)
都道府県議会議員と市町村議会議員については、満25歳以上の日本国民である点では衆議院や市町村長と共通しているが、その都道府県議会議員ないし市町村議会議員の選挙権を持っていることという条件が加わる。
つまり、上記の年齢条件を満たしていれば、自分が住んでいない場所(選挙区)から国会議員(衆議院・参議院)に立候補すること、自分が住んでいない都道府県の知事選挙に立候補すること、及び、自分が住んでいない地域の市町村長選挙に立候補することはいずれも可能だが、自分が住んでいない地域の都道府県議会議員選挙や市町村議会議員選挙に立候補することはできない。

地方政治のちょっと厄介?な話

自分の住んでいる市町村は特に問題無いが、隣の市町村をどうにかしたいという場合は、先述の通り、隣の市町村の首長選挙に立候補できたとしても、市町村議会議員に立候補することはできない。
たとえば、S市とT市の境界付近に住んでいて、自分はT市民だが、最寄り駅がS市にあるという場合を考えてみよう。その駅やその周辺をどうにかして欲しい(鉄道事業者がやるべきこと/できることは除く)という場合、S市長選挙に立候補することはできるが、S市議会議員選挙に立候補することはできない。また、T市民である以上、S市長選挙にもS市議会議員選挙にも投票することはできない。ということは、極論ではあるが、悪く言えば、S市長もS市議会も、駅やその周辺を利用するT市民(厳密にはS市民以外)のことは、考えなくてもよい(投票に影響しない)。
他方、T市長選挙とT市議会議員選挙には立候補も投票もできる。ただ、駅がS市にある以上、T市が口出しすることは難しい。これが、地方自治の厄介なところであり、地方分権が進めば進むほど、こうした課題が浮き彫りになるだろうから、意識しておくと良い。
同じような話が、経済活動についても言える。前述の例で、駅周辺(S市内)に商業施設があるとする。T市民は駅を利用するだけでなく、S市の商業施設も毎日のように利用しているとしよう。これもよくある話だ。この人たちは、T市民であったとしても、経済的にはS市との繋がりがT市よりも強く、彼らが住んでいる場所がT市内であったとしても、経済活動や社会活動においては、事実上、S市の一部のような状態になっている場合がある。T市は寝に帰るだけの場所かも知れない(これらは決して珍しいことではない)。
こうなると、駅を利用して通勤通学している人たち、商業施設で買い物をしている人たちにとっての関心事は、T市の政策ではなく、S市の政策である。だが、残念ながら、T市民にはS市長やS市議会議員の選挙に投票することも、S市議会議員選挙に立候補することもできない。S市に対して唯一できるのは、S市長選挙に出ることだけだ。
これは、都道府県レベルでも同じことが言える。O府に通勤通学しているH県民、N県民、W県民にとって、平日はO府で働き、週末はO府へ買い物や遊びに出かけ、起きている時間の大半をO府で過ごしていて、地元は家があるだけで、寝に帰るだけだとしても、O府の知事選挙、及び、O府議会議員選挙への投票、並びに、O府議会議員選挙への立候補はできない。唯一できるとすれば、O府知事選挙に立候補することだ。

立候補にはカネが要る!?

ところで、立候補には金が要るということはご存じだろうか?
立候補することそれ自体には費用はかからない(届出に行くための交通費等は除く)。
選挙活動をするためには、事務所費やポスター代等の費用が発生する。しかし、それ以外に、供託金というものがあるので、説明しておくことにする。

供託金

これは、一言で言うと、立候補に際して予め預けておくお金のことで、衆議院(選挙区)と参議院(選挙区)がいずれも300万円、比例区は1人あたり600万円(比例区は政党として立候補するもので個人では立候補できないので、こういう表記とした)、都道府県知事が300万円、政令指定都市の市長が240万円、政令指定都市以外の市長が100万円、町村長が50万円、都道府県議会議員が60万円、政令指定都市の市議会議員が50万円、政令指定都市以外の市議会議員が30万円となっており、町村議会議員は無料(供託金不要)となっている。
この供託金は、一定数の得票が得られた場合には、返してもらうことができるが、一定数の得票が得られなかった場合には没収される。供託金の没収点(=どれぐらいの得票数を下回ったら没収されるかというライン)は、選挙ごとに計算方法が異なるが、衆議院の選挙区の場合は、有効投票総数の1割となっている。たとえば、ある選挙区の有効投票総数が10万票だったとすれば、当選者はもちろんのこと、落選しても1万票を獲得できれば300万円を返してもらうことができるが、1万票を獲得できなかった場合は、300万円は没収される。
これは、初めから当選する気が無い人が立候補するのを抑止することが主な目的だが、問題点もある。

カネが無ければ立候補できない?

供託金制度は、初めから当選する気が無い人が立候補するのを抑止することを目的としている反面、手持ちのお金が無ければ立候補できないことをも意味している。たとえば、貧困問題への対策を訴えて、貧困状態にある当事者が立候補しようとしたとして、立候補に際して、供託金(上記金額)を一旦預けなければならない。貧困対策を訴えるべく国政選挙に出る場合、立候補前に300万円を預けなければならないわけだから、手持ちの金が300万円無ければ、立候補できないことになる。もちろん、誰かに借りて立候補するという方法はあるが、万一供託金没収点を下回った場合、300万円の借金を背負うことになる。貧困問題の当事者にとっては、たまったものではないし、そもそも、あってはならないことだ。だから、経済的事情で供託金を預けることが難しい場合の対策は、たとえば、大学の奨学金制度や、日本司法支援センター(法テラス)の弁護士費用立替制度のような仕組みを参考にしながら、早急に対策をすべきである。
しかし、こうした問題を抱えながらも、供託金制度には一定の意義があることもまた、事実である。これについては(毎度のことだが、そろそろ長くなってきたので)、改めて記すことにする。